一人静かに内省す

日本男子を中心に体操競技応援中!体操競技について思いのまま綴っています

同時に開始する演技を見る方法

わざわざ四日市市のホテルを取ったのは、団体戦の日程が土曜日が女子の試合で日曜日が男子の試合だったからだと記憶している。それがいつの間にか日曜日に男女同日開催に変更されていた。私は今までインカレやシニアを観戦したことがないので、同日に男女の団体戦が行われる試合は初めての観戦だった。これまで全日本選手権NHK杯で同時6演技というのは経験してきたが、今回はそれを超える同時8演技の試合となる。体操観戦自体は非常に楽しいという思いは当然あるとはいえ、同時6演技でもまともに観戦できていないのに同時8演技とは骨が折れる。

以前から疑問だったのだが、これまで長く体操観戦をしてきた方々はこの困難をどう乗り越えているのだろうか。昨年の全日本選手権予選から現地観戦デビューしたがこればかりは未だに克服できない。試合前日のギリギリに確定した試技順のPDFデータを慌ててコンビニで出力して、選手の名前、背番号を睨めっこしながら可能な限り頭に叩き込むが碌に覚えられた試しがない。いざ会場に赴けばいつの間にか演技が始まり、そしていつの間にか演技が終わっている状況で、常に右往左往であたふたする始末である。選手の演技、一瞬だけ得点が表示される電光掲示板、スマホでSEIKOのリザルト速報をチラ見しながらこれらを同時に8種目確認するのは人間の能力として可能なものなのだろうか。しかしSNSを覗けば現地でしか確認しようがない具体的な演技構成や実施内容を細かにポストされているのを度々見かける。演技をしていない選手らの様子を綴っているポストもよく見かけるが、この人たちは超魔術でも使っているのだろうか。家でソファーに座りながらのくせに誤字だらけの投稿をしてしまう私には到底会得できそうにない技術である。

とにもかくにも8演技同時実施という至難は無情にも訪れてしまった。1班の選手は個人的にあまり名前や演技を把握していない選手が多かったこともあり、新しい発見がありながら比較的ゆとりをもって観戦ができた。ただ問題は2班である。男子だけでも注目選手だらけなのに女子の注目選手も多く存在していた。1班を観戦して分かったことだが、男子と女子は演技時間が微妙に違うためローテーションがズレるのだ。おそらく女子のゆかの演技が1番時間がかかるかと思うのだが、それに合わせて男子もローテーションを行うと、元々女子より2種目多いため時間がかかってしまう。そのため男子は男子、女子は女子でそれぞれで演技終了時間に合わせてローテーションを行っていた。効率よく運営するにはこのように行うのがベストだというのは重々分かっているが、実際観戦する立場となると非常に困る。そして今回の会場の音響が悪かったのか、元々の原稿がそうなっていたのかは分かりかねるが、種目のローテーション、演技開始のアナウンスがまるで聞き取れなかった。男女8演技同時実施となるといちいちアナウンスするのが難しいからかは知らないが、アナウンスがないと何がどうなっているかが殊更わからなくなる。

なんとか目当ての選手の演技は見逃さないようにと集中しているつもりだが、知らない間に演技が始まっていたり、知らない間に演技が終わっている。私はどちらかというと男子の器具側の席に座っていたが、男子ですらまともに観戦できていないのに女子に至ってはかなり壊滅的な状況だった。いつの間にか芦川うらら選手は平均台の演技を終えており、岡村真選手も段違い平行棒の演技を終えていた。宮田笙子選手に至ってはまともに一部始終が確認できた種目はない。悲しい。私は何をやっているんだろうと思ってしまう。

そう思っているうちに男子も演技が進む。いつの間にか津村涼太選手はあん馬の演技を終えており、田邊友唯選手や橘汐芽選手は演技のほどんどを見逃した。しまいには橋本大輝選手のリューキンも見逃した。国内戦では昨年の全日本決勝以来の成功だったのに。嗚呼。私はこの2年間を経て何をやっていたんだろうとまた思う。

そんな中、最終ローテーションとなった。男子は優勝候補の徳洲会体操クラブがかなりの点差をつけてトップに立っており、以下順天堂大学ジュンスポーツクラブ、セントラルスポーツの順で並んでいた。推しである谷川航選手の鉄棒の演技を無事見届け、最終演技者を残すところまできた。すると航くんは何故か選手の待機場所には戻らず鉄棒とゆかの間にとどまっていた。理由はわからないが、目の前で他の選手の演技を見届けたかったのだろうか。そして2組の最終演技者、橋本選手のゆかの演技が始まった。会場の観客と航くんは橋本選手に注目、1技目の大技リジョンソンを成功させた。すると1組の最終演技者である杉野正尭選手が鉄棒のマットの上で手を上げた。

出た。よくある注目選手が同時に演技をするやつである。

代表選考会の大一番では放送が天下のNHKということもあってか、あえて演技開始時間をズラすことがあるが今回は団体選手権である。点差は歴然、代表も決まらないし、しかも今回は地方ローカル局の配信である。2班の演技開始時間が既に10分押していたことを鑑みてもこの2選手の演技開始をズラす理由はない。世界選手権個人総合金メダリストの橋本大輝選手のゆかと今大会の優勝を決める演技となる杉野正尭選手の鉄棒が同時に行われた。

航くんはそのまま鉄棒とゆかの間に鎮座していた。そしてふと思い出す。何かのライブ配信での発言だったと思われるが、リスナーの「見たい演技が同時に行われる場合、どうすればいいか」という問いに対し、その選手のポイントとなる技さえ押さえればそれだけで演技を網羅できることになる、というようなことを弟の翔選手と話していた。さすが10年近く体操競技の第一線を走る選手は見方が違うなと感じた記憶が蘇った。橋本は最大のポイントであるリジョンソンは終わったので、あとは前半と最後から2番目に行われるひねり技の組み合わせあたりか。杉野は冒頭のペガン、放れ技の連続がポイントだろう。待機している航くんも明らかにどちらの演技も見たい様子だった。航くんはこの2選手の演技をどう見るのだろうか。

前方のひねり技の組み合わせを行う橋本、それを見る航、ペガンを成功させた杉野、それを見る航、後方2回ひねりを行う橋本、それを見る航、放れ技の連続を決める杉野、それを見る航、フェドルチェンコを行う橋本、それを見る航、ヤマワキを行う杉野、それを見る航…

 

 

え?なんか私の見方と変わんなくね?

全然ポイントを押さえておらず闇雲に頭を振っていた。私と一緒じゃん。それどころか橋本選手のゆか、杉野選手の鉄棒に加えてそのどちらにも注目できずキョロキョロする航くんという新たな見どころができてしまった。なんてこったい。結局私は3者とも中途半端にしか見ることができず、最後に伸身の新月面を決める杉野選手を見届けて試合は終わった。橋本選手のゆかは配信サイトのアーカイブ、杉野選手は徳洲会YouTube動画を確認することで補完した。

これで分かったのが複数の演技を同時に見るのは不可能だということだ。いくらオリンピアンであろうが、何度も世界選手権の代表になっていようが、リ・セグァン2の着地を止めることができたとしても、所詮は一介のホモサピエンスでしかないので、同時に2つの演技を見ることはできないものなのである。我々は肉食動物から逃れるために視野が広いウマやヒツジではないのだ。この2年間の経験を生かせていないわけではない、そもそも無理な話だったのだ。己の可能な範囲で演技を見届けることしかできないが、それが現地で観戦する私たちにできる精一杯の応援なのである。そんな当たり前のことに改めて気付かされ、また一つ学びを得ることができた。ありがとう航くん。

 

徳洲会体操クラブの皆さん、鯖江高校の皆さん、遅くなりましたが優勝おめでとうございます。