一人静かに内省す

日本男子を中心に体操競技応援中!体操競技について思いのまま綴っています

2023年世界選手権の所感

ベルギーのアントワープで9/30から始まった体操競技の世界選手権が10/8に幕を閉じた。9/24〜9/29にアジア大会が開催されており、その流れの中で世界選手権が開幕されたので体操ファンとして非常に充実した2週間を過ごすことができた。前回の記事で今回の世界選のことを起こしていたので今大会を通して感じたことを綴っていく。

 

日本男子団体金メダル獲得

世界選手権での団体タイトルは2015年のグラスゴー大会まで遡ることになり、それ以来8年振りのタイトル奪還となった。国内の選考会が始まる前後から最大のライバルである中国は自国開催のアジア大会に主力を派遣する旨である情報が流れており、日本は金メダルを獲る絶好のチャンスとなった。

序盤の種目ではミスが続いたことであまりいい流れを作れない状況が続いたが、4種目目の跳馬で高得点をマークし暫定トップに立つと、以降の2種目も好演技が続き、見事計18演技をつないで金メダルを獲得した。特に後半に気持ちのいい演技が多かったが、全体的に着地の精度が良く徐々にチームの雰囲気が上がっていく姿が感じ取れた。リアルタイムで念願の団体金メダル獲得の瞬間を見ることができてとても幸せだと感じたし、選手・コーチの笑顔溢れる姿を目の当たりにして迎える早朝は大変清々しかった。

 

橋本大輝選手の個人総合2連覇

中国が主力をアジア大会に派遣することになったわけだが、その中には2021年世界選手権個人総合金メダリストのZHANG Boheng選手も含まれていた。前回大会では接戦の末橋本選手が制したが、今回は最大のライバルが不在の中の戦いとなったためおそらくプレッシャーもこれまで以上に大きかったに違いない。1種目目のゆかは良い滑り出しではなかったが2種目目のあん馬からは本人の強さを感じる演技が続いた。最終種目の鉄棒は演技開始前時点で2位以下との差が大きかったので、所謂守った演技構成ではあったが着地をピタリと止めて優勝を飾った。世界選手権の個人総合2連覇は史上4人目で日本選手としては史上2人目の大快挙である。

優勝したことは大変嬉しかったが、試合後のインタビューで「内村航平さんを超える必要はなくなった。自分自身を超えたい。」と本人の口から聞けたことが最も嬉しかった。マスメディアだけでなく関係者からも内村氏と比較されることはよくあっただろうし、何より本人から意識している様子が見受けられていたので、それが彼の中で自発的に払拭されたようだ。橋本選手のこれからがさらに楽しみになった。

 

種目別で3つのメダル獲得

予選で安定した演技を揃えた日本は5人全員が種目別決勝に進出した。前年は全種目決勝進出だったが今回は全員が決勝進出という形になり、2年連続で日本の強さを感じられた。結果は南選手がゆかで銀メダル、杉本選手が平行棒で銅メダル、橋本選手は鉄棒で金メダルを獲得した。南選手は期待が大きくかかる中で高いDスコアを武器にして確実にメダルを獲得、杉本選手は急遽リザーブからの繰り上げでの大会出場でありながらも得意種目で完璧な演技を披露、そして橋本選手はフル構成のD6.7を完璧に実施し着地を止めて圧倒的勝利を収めた。個人総合が強い日本は種目別のメダル獲得は比較的難しいのだが、選手が各々の持ち味を発揮し良い結果に繋がった。また、千葉選手はあん馬でDスコアを上げて挑み、萱選手は毎度ながら安定感抜群の強い演技を見せてくれたのが印象的だった。

 

アメリカの躍進

以前から強い国ではあったが、前回は団体戦の表彰台を逃しパリ五輪の出場権はその時点では得られていない状況であった。今回はエースのMALONE Brody選手が怪我で欠場となったが急上昇中の若手選手を投入し、予選は団体2位で通過しオリンピックの出場権を獲得、決勝でも素晴らしい演技を披露し銅メダルを獲得した。個人総合では急上昇中の若手の一人RICHARD Frederick選手が銅メダルを獲得した。序盤から素晴らしい演技を披露していたが最終種目の鉄棒の放れ技で落下。ところが落下後でもしっかり彼らしい美しい演技を続け減点を最小限に留めたことが功を奏し、表彰台に登ることができた。種目別あん馬跳馬ではもう一人の若手YOUNG Khoi選手が猛者だらけの中、勢いがありながらも美しい演技を披露し見事2つの銀メダルを獲得した。5年後に控えたロス五輪に向けての競技強化を存分に感じる結果で、若手選手ならではの勢いを感じるチーム力が非常に印象的だった。

春先に行われたDTBカップの結果がとても良かったのでそのときからかなり期待をしていたが、想像以上のパワーを感じることができた。若手が多いチームは短期間で一気に力をつけてくることがあるしエースのMALONE選手が復活すればかなり強いチームになりそうなので、俄然来年のオリンピックが楽しみになった。

 

五輪出場権獲得の歓喜

東京五輪以降体操競技に再注目したが、昔よりも動画サイトや映像配信の充実、SNSによる海外ファンの情報発信を多く目にする機会がたくさんあるため自然と海外選手にも注目するようになった。国によっては毎回の如くワールドカップシリーズに参加する選手がいるので下手したら日本選手よりも演技を見る機会が多い場合もある。私は日本に生まれ育ったので日本を応援しているが、海外選手も日本選手と同様にそれぞれ魅力があるので試合を追う毎に応援する感情も湧いてくるものだ。そういった海外選手の活躍を多く目にすることができてとても嬉しかった。特に今回は予選からパリ五輪の出場がかかっていたので、初めて団体での出場権を得られたチームの喜びようをSNSでたくさん目にし、たまらない気持ちを感じた。また種目別決勝ではたった一つの枠を勝ち取った喜びの表情に胸が熱くなった。

そして日本は女子が大きなプレッシャーがかかる中、今大会で団体出場権を見事獲得した。パリ五輪では各チーム、各選手の沢山の笑顔が溢れますように!

 

三輪哲平選手の怪我

ここからは少し消極的な内容を続ける。今大会で最も残念だったのは三輪哲平選手が事前合宿の怪我により選手交代となってしまったことである。怪我以降、試合に出られるよう努めていたようだが予選3日前のポディウム練習でも状態が良くなかったようで、予選の前日である9/29に候補選手の杉本海誉斗選手との交代が正式発表された。今年に入って三輪選手のパーソナルを知ることが増え、彼の日本代表にかける思いをこれまで以上に感じていたので非常に悲しかった。

団体で金メダルを獲得したことは大変喜ばしいことであったと同時に、それを眼前で見届けるジャージ姿の三輪選手の底知れぬ悔しさを想像できてしまい、あまりにも胸が痛かった。来年こそは、とこちらが願うことも彼にとっては軽々しく感じてしまう程辛い状況なのではと察するが、今回の経験が彼の人生で良い方向に活きることを願うことしかできない。

 

中国との点差

団体で金メダルを獲得できたことは素晴らしいがライバルの中国とは点差1.8であった。繰り返すが中国は主力をアジア大会に派遣しているため、今大会は彼らに準ずる選手が投入された。その上補欠選手の不調、予選で個人総合が強い選手の怪我によりなんと予選前日までアジア大会に出場していたLIN Chaopan選手が急遽決勝に出場することになった。当然難度を落としての演技となり、さらに若手選手の鉄棒の2度の大過失によって最終的にこの点差で決勝を終えた。予選をギリギリ8位で通過した中国だったが前年同様決勝ではさすがの力を発揮した。

日本も選手交代になる危機はあったが中国が抱えていたリスクと比べると小さいし、点差もそうだが最終スコアが255.594点というのも決して高いとはいえない。前年の優勝得点は257.858点であり、おそらく日本は260点前後を目指していたと思われるので最終的な合計点数には課題が残る結果になったのでは。

 

個人総合決勝進出基準

思わぬ物議を醸したのが個人総合の予選結果である。三輪選手の怪我により予選のエントリーを変更せざるを得ない状況になったと推測するが、その影響からか橋本選手、萱選手、千葉選手の3名が6種目、つまり個人総合にエントリーすることとなった。そして最終種目のあん馬で橋本選手がミスをしてしまい、最終的にチーム内順位が千葉、萱、橋本となった(ちなみに予選の最終結果は1位千葉2位萱3位橋本で日本選手がトップ3を独占した)。個人種目の決勝進出は1か国2名までのため、この時点で前回優勝者の橋本選手が予選落ちになるかと思われた。

ところが事前協議によりチーム内の順位にかかわらず、これまでの実績を踏まえて橋本選手の決勝進出は決定事項且つ共通認識として予選に臨んでおり、日本はチーム内1位の千葉選手と橋本選手を決勝に進出させることが公式アカウントで発表された。北京五輪で当時エースだった冨田洋之氏がチーム内3位になったが、それまでの経験や実績を踏まえて決勝進出とした過去があるがそれが彷彿される判断だった。その後、その北京五輪でチーム内2位だったが決勝に進出することができなかった坂本功貴氏が事前周知はなく予選終了後に伝えられたとSNSに投稿した(対象の投稿)。それによりニュースになってしまう事態にまで発展したが、橋本選手はその後の団体決勝で最大の力を発揮し金メダル獲得に大きく貢献、個人総合は複数のプレッシャーを跳ね除け前述通り金メダルを獲得した。

今回は北京五輪と違い事前に選手およびコーチと協議の上での決定事項で、橋本選手の決勝進出は共有認識の上での予選だったという発表であったが、予選終了後の後出し発表だったこともありSNSでは賛否両論となった(こういった反応になることは首脳陣側も承知であったとは思うが)。

個人的には橋本選手が決勝に進出したことは理解・納得できたが、結果的にその影響を受けたのがよりによって萱選手だったというのが残念だった。長年日本代表に入り続け団体戦での貢献度はこれまでも大きかったが今回はそれがダントツで大きかったし、そして何より本人が個人総合にかける思いを知っていて、東京五輪、2021北九州世界選手権のエントリーの過去も知っているので、相当悔しい思いを抱えているに違いないであろう。本人的には千葉選手の得点を超えられなかった時点で決勝進出ができないことはわかっていたのだろうけど、本人の力量を鑑みるとなんとかならなかったのかと考えてしまう。

 

国内大会との点数の乖離

国際大会と国内大会で点数の出方が違うことは度々あるが、今回つり輪の採点でそれが大きく現れた。千葉選手が予選、団体決勝、個人総合決勝の計3回つり輪の演技を披露したが、いずれも13点台に終わった。Dスコアが6.0なのでEスコアが7点台後半にとどまったことが要因である。国内大会では8点台であることが多く着地を止めた場合はEスコアが8点台半ばまで伸びることもあり、事実彼の代表決定の要因の一つがつり輪の貢献度の高さである。当然全く同じ演技を行っているわけではないので点数に幅があるのは前提として、予選では倒立技に中過失があり点数が抑えられたのは理解できたが、団体決勝と個人総合決勝で同じように点数が抑えられたのは予想外だった。

私はEスコアの減点項目を全て網羅しているわけではなく、特につり輪は6種目の中でもどうすれば高評価に繋がるのかがイマイチ疑問が残る種目で、その疑問は世界選が終わっても解決するどころかむしろ深みを増す一方である。浅薄な私目線では国内試合で見せる演技とあまり違いが感じられず、カメラアングルがとてつもなく悪いせいで姿勢欠点を認識できなかったことを踏まえても、なぜここまで点数に差が出るのかが未だに理解できない。この現象は同じくつり輪の貢献度で代表に選出されたアジア大会の津村選手でも起こっている。彼は予選兼団体決勝の1演技のみなので比較は難しいが、技が認定されなかった上、Eスコアも7点台後半と伸び悩み、国内試合の点数と大きな差が出た。

原因は2つ考えられるが一つはそもそも選手が本来の力を発揮することができなかったこと、もう一つはEスコアの判定で国際大会と国内大会で乖離があることである。前者であれば本人の問題なので別にいいのだが、後者であれば日本として大問題である。

本来チームの得点を底上げするために選ばれた貢献度枠の選手が、肝心の貢献できる種目で想定より下回ってしまっては選出された意味をなさない。今回の千葉選手の演技がどうだったかというのは判断しかねるし、他3選手は国内大会とそこまで大きな差はなかったことを考えると前者であると思いたいが、3演技実施し全てそうだったのかとなると疑問が残る。出たとこ勝負のEスコアに任せるような形は適切な戦略とは言えないし、なんのための選考会なのかと問いたくなってしまう。

日本の個人総合トップ選手はつり輪を苦手種目としている選手が多いので、貢献度枠は毎年つり輪が得意な選手に有利に働く。来年度は試合スケジュールが従来と異なるので選考ルールも変更すると思うが、失敗の少ないつり輪での貢献度を他の種目より有利になるようにすべきではと個人的に考えていたが、今大会の状況を踏まえてこれは適切ではないと感じた。人間が採点するのでどうしても先入観があるのは否めないし、昨年のNHK杯の採点ミスもそれを表している証ではあるが、採点が選考得点に直結する現状のルールは採点そのものが選手の人生を左右することになる。ましてや来年はオリンピックイヤーなので問題解決は急務である。

 

後半ネガティブな内容が続いたが、私は世界の舞台で演技に臨む選手の姿を最大限リスペクトしている意思があり、日本チームの目標を踏まえて来年のパリ五輪で最良の結果を得られることを何より願っている。

そのほかカロイのコーチ変更、突っ込まざるを得ないカメラワーク、Biles選手の復活や海外選手についてもいろいろと思うことはあったがすでに長文すぎるので割愛。今後の記事で吐露できればいいかな。

 

世界選手権はレベルが高い演技がたくさん見られることも楽しいが、世界最大の舞台に挑む選手やコーチ陣の姿が眩しく、選手生命の短い体操競技の刹那的な美しさを感じられる貴重な大会だと思っている。今年も多くの笑顔や悔しい姿を目にして心を揺さぶられた。

大会に関わった選手、コーチ、全ての関係者の皆様、お疲れ様でした。いち体操ファンとして今年も楽しい時間を過ごすことができて幸せです。