一人静かに内省す

日本男子を中心に体操競技応援中!体操競技について思いのまま綴っています

萱選手に謝罪したい

前年の世界選手権は、東京五輪にピークを合わせてきた選手が競技から離れて休んでいたりルール改正で中々力を出せない選手が散見されたが、今年の世界選手権ではそういった選手の復活した姿を見ることがてきて、その経験値の高さからくる力の強さを感じることができた。

アメリカのMOLDAUER Yul。前年は補欠としてチームに帯同していたが、今年はエース不在で学生だらけの若手チームの中で精神的支柱として活躍し、アメリカに9年ぶりの団体メダルをもたらした。ゆかや平行棒で持ち前の美しい体操を存分に発揮していた。

イギリスのWHITLOCK Max。リオ五輪東京五輪あん馬の金メダルを獲得している彼は2022年はほぼ競技から離れていた。世界選手権から約2週間前のパリチャレンジカップで見事復活を果たし、その流れで世界選手権に復帰した。種目別あん馬でメダル獲得とはならなかったが、予選ではDスコア6.8、団体決勝ではDスコア6.9という驚異的な構成を安定感抜群の実施で通し存在感を見せつけた。

そして何より驚いたのが中国のLIN Chaopan。ポディウム練習の時点で補欠選手の状態が悪かったということで、予選の前日まで中国で行われていたアジア大会に参加していた彼が遠く離れたアントワープの世界選手権へ向かうことになった。10時間以上移動時間がかかる上、時差調整もできない状況だったと思うが、その状況で予選にサポートとして参加した。するとチームの主力の一人として予選に出場していたShi Cong選手が怪我により離脱、そこからなんと団体決勝にChaopan選手が出場することに。さすがにDスコアは落とした内容だったが、ゆか・平行棒・鉄棒はDスコア6.0以上の構成を通し、大きなミスをすることなく5種目の演技を実施、その甲斐あって中国は団体銀メダルを獲得した。彼は予選に出場していないので器具の状態もわかっていない状態で、ほぼほぼぶっつけ本番で演技したのである。ベテラン選手で経験があるからと評されていたが、国内戦ならまだしも前日まで別の大会でMAXの構成の演技を実施し、その足で飛行機で長時間移動し知らぬ土地でそのまま演技をするのはさすがに常軌を逸している。凄まじい体力と経験値の高さに仰天した。

 

このような存在感を出した選手は日本にもいる。萱和磨選手である。"失敗しない男"でお馴染みの萱選手、昨年の選考会では珍しくミスが続き代表入りにはならなかったが、今年はしっかり個人総合枠で代表入りを果たした。

予選の1種目目はつり輪で当然トップバッターは萱選手。今年は特につり輪に力を入れていると話していたが、その言葉どおりEスコア8.400の高評価を得て日本はロケットスタートを切ることができた。その後も安定した演技を重ね6種目合計は85点を超え国内大会と変わらないスコアだった。6種目中4種目がトップバッターで点が伸ばしにくい番手なのは当然承知の上だと思うが、どんな番手であろうがしっかり与えられた役割をこなし求められた点数を出す、私たちが期待する萱和磨の姿は2年振りに出場した世界選手権でも現れた。

そして何より圧巻だったのが団体決勝。出場種目はゆか以外の5種目で全てトップバッター。正直スタートリストを確認しても「ま、そうやろな」と納得しかない、信頼しか感じなかったし、これこそが周囲が萱選手へ抱く期待の象徴でもある。その期待をどのように受け止めていたかはわかりかねるが、プレッシャーに感じているのかそれとも逆に己を鼓舞する力に変化するのか、彼の演技は団体戦で最も緊張する場面といっても過言はないあん馬からスタートした。1種目目のゆかで想定したスコアを獲得できなかった日本だったが、萱選手にとってはおそらくまったく関係ない事象であったろう。あん馬のトップバッターをいつもどおりミスなく終え、予選よりも高いスコアが出た。そしていつもどおり吠えた。続くつり輪でも予選同様Eスコア8点台を出すベストな演技を披露した。

3種目が終わり、日本としては決して良いとはいえない得点が続いた中で4種目目の跳馬。直前で怪我をして欠場になった三輪哲平選手が得意とする種目だったため、おそらく想定した点数を残すのは難しいと踏んでいたであろう。三輪選手の欠場で急遽跳馬にエントリーした萱選手が毎試合苦戦しているロペスを跳んだ。着地した瞬間、史上最高では?と思ったが、SNSでも同じような感想を持ったファンが溢れていた。2020年頃から取り入れた高難度技であるロペスは、本人としても課題として捉えており中々納得のいく実施ができずにいたが、世界最高の舞台で最も良い実施が出て、Eスコア9点台を出した。続いた橋本大輝選手も予選から修正し14.900をマーク、3人目の南一輝選手は着地をピタリと止めて15.000のハイスコアを叩き出した。跳馬で日本の流れは明らかに変わった。続く平行棒もキレのある実施を見せ着地まで止めると、他の選手もそれに続いてハイスコアを出した。最終種目の鉄棒でも安定感のある演技を難なく演じ着地も止めてEスコア8点台に乗せた。最終演技者の橋本選手が完璧に演技を終えたとき、日本の金メダルは確信に変わっていた。

平行棒の種目別決勝を含めて計12演技、すべての演技で14点台をマークしていた。これは驚異的なことである。萱選手が安定感ある選手というのはこれまでどおりではあったが、今大会では安定感プラス通常の試合以上の実施を出すというこれまで以上の新しい力が備わったと感じた。

 

以前の私「日本はあん馬得意な選手が多いな〜誰が選ばれても日本は強いよね!」

今の私「うそ、ごめんなさい。最も緊張する団体戦あん馬は萱くんの力が必要です。ただでさえ緊張感が半端じゃないあん馬で唯一リラックスできる瞬間を作ってくれる萱くんには感謝しかありません!」

 

以前の私「萱くんのロペス中々点が伸びないな…怪我のリスクもあるし安定感のあるドリッグスでもよいのでは…」

今の私「うそうそ、ごめんなさいごめんなさい。世界最高の場面で史上最高のロペスを決める萱くんカッコよすぎです。これから団体戦跳馬もぜひお願いします!」

 

東京五輪直後の私「萱くんと航くんが25歳ということはパリで28歳の年か…橋本くんの負担を減らす意味も含めてどっちかはパリの代表に選ばれるといいな〜」

今の私「うそうそうそうそ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。萱くん絶対代表に入ってください。萱くんは絶対に日本に必要な選手です。願わくば航くんとともに代表入りして橋本くん始め日本代表を支えてください。お願いします絶対にお願いします。」

以上が私の心境の変化である。

 

日本の個人総合トップ選手は橋本選手が頭一つ抜けていて、ほか10数人が群雄割拠という状況である。それは間違いないが、世界の舞台で且つプレッシャーのかかる団体戦で持ち前の実力を安定して出せるかという点で横並びとは言い難い。国内大会の慣れた器具で6種目を通す力と、長時間移動、時差、慣れない生活環境、海外メーカーの器具、そして団体戦5−3−3のプレッシャーがかかる中であっても、変わらず持ち前の実力若しくはそれ以上を発揮する力はイコールではない。萱選手は前者の力は当然あるが後者の力が飛び抜けて強い。橋本選手と同等かそれ以上かもしれないし、この力を持つ選手は世界を見渡しても本当に限られる。

橋本選手は今回個人総合と種目別鉄棒も含めて3つの金メダルを獲得した。内村航平氏以来の快挙でロンドン五輪同様彼もパリ五輪の内定が出る可能性がある。個人総合2連覇で個人で2つも金メダルを獲得すれば当然ともいえる。個人的な考察だが直前の世界選手権の個人の結果を受けて内定を出すケースはあくまで建前であって、実際はその選手(現在だと橋本選手)がいないと団体戦は勝てませんよ、その選手を中心に日本は団体戦に臨みますよ、という協会の意思表示だと捉えている。

では萱選手はどうか。団体金メダルは獲得したが個人ではメダルを獲得していない。こういった結果になった以上彼に内定が出ることはない。なんてことだ。体操にわかファンの私ですら日本には絶対に萱選手が必要と感じているのに現段階で彼を代表に選出する決定打がないとは何事だ。こんなことがあっていいのか。なんとかならんか?…どーにかならんか……?漫画「こどものおもちゃ」主人公紗南の親友、風花が大阪在住時にいい感じだった高石くんの、当時風花に彼氏がいるという噂が勘違いだったと分かった途端、己の態度を顧みず既に相手がいる風花に関係を戻そうと迫る彼の言葉と表情が頭によぎった。f:id:mariyan_4020:20231014133235j:image

こんなことをどれだけ望んでも協会は風花の如く「どうにもならん」と一蹴するのがオチである。

とにもかくにも萱選手がこれから順調に練習を積み、来年の選考会で思いどおりの力を十分に発揮して個人総合枠でパリ五輪代表に選ばれること願って、今のうちから念を送ります。