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谷川航選手の体操『鉄棒』

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NHKで放送されていた東京オリンピックの事前番組を拝見して谷川航選手に注目し、番組では跳馬のみ取り上げられていたが、当然他の種目についても気になったので演技動画を探し始めた。私が初めに探した種目は男子体操の花形種目である鉄棒だった。

その理由は顔である。完全なる偏見でしかないが、ゆかや跳馬が得意な脚力系の選手は沖口誠さんや内村航平さんのように朗らかで柔和な顔立ちのイメージがあり、平行棒や鉄棒が得意な選手は冨田洋之さんを始めクールな顔立ちの印象があった。航選手は後者であるため、番組内でしきりに跳馬が得意と紹介されていたことを完全に無視し、きっと鉄棒が得意であろうという先入観を持って鉄棒の演技動画を探し始めたわけだが、鉄棒の演技を確認してまず感じたのは、鉄棒は明らかに苦手種目であるということだ。基本である車輪の動き、ひねり技の捌き方、コバチ系の放れ技を行っていないことを含めて素人目線ながら得意種目ではないなと判断した。

YouTubeではゆかや跳馬の演技動画ばかり引っ掛かり、要するに脚力系の選手ということが判明し、分かりきっていたことではあったが私の先入観が偏見の極みであることが証明された。

東京オリンピック後の記者会見で、今後鉄棒の演技構成を大幅に変更しなければならないことを言及していた。翌年のルール改正について調べると、トカチェフ系の技の難度格下げ、ヤマワキの難度格下げ、放れ技の技数の制限が新たに設けられており、トカチェフ系を4技、その上ヤマワキも演技構成に入れていた航選手とっては結構な打撃があると見受けられた。

オリンピックの翌月に行われた全日本シニアではルール改正に向けてE難度のコールマンに挑む旨の発言をしていた。全日本シニアは無観客無配信だったため実際にどのような演技を行なったかは定かではないが、リザルトの点数を確認する限りどうやら失敗している様子だった。それからは春先まで新しい演技構成について触れる機会もなく、2022年の選考会が始まった。

初日の全日本選手権予選は現地で観戦しており、鉄棒の演技構成をどうしてくるのかと構えていたら事前のアップでG難度のカッシーナに挑んでいた。一瞬コールマンと見間違えたのかと思ったが、抱え込みの姿勢には思えずどう考えてもカッシーナの動きにしか見えなかった。そして演技開始後、1技目にカッシーナを行ってきた。過去に本人のSNSでコールマンを実施している動画を上げており、使ってみたいな〜とまでの伏線があったのに実際に取り入れたのはカッシーナだった。

新ルールで抜かざるを得なくなった技はE難度のモズニク、D難度のリンチ、 D難度のヤマワキで、過去に行っていたD難度の順手背面車輪を戻したとしてもEとDの技を抜くことになり、Dスコアを0.9も落とすことになる。そういった状況で他の技を入れる選択肢も当然あったとは思うが、1技で0.7稼げるG難度のカッシーナを選択した。日本は昔から鉄棒を得意種目としている選手が多いため、カッシーナの映像素材は豊富なこともあり取り入れやすかったとは思うが、これまでコバチ系の技を演技構成に取り入れていなかったのでカッシーナを実施すること自体まったく予想しておらず、かなり驚いた記憶がある。中学生頃からコバチ系の技に取り組んでいたらしいが、高校時代の指導者からはトカチェフ系が向いていると言われていたらしく、過去の試合動画を確認する限り放れ技はトカチェフ系を中心とした演技構成であった。しかし地道に努力を重ねコバチ系の技に向き合って、ルール改正を機に演技構成に入れることとなったようだった。

その上選考会の最終試合である種目別選手権の鉄棒では予選で確実な演技を行い、さらに決勝でもベストな演技を行ったことで最終順位は4位であった。のちに本人もこの結果について“革命”と称していた。

選考会を経て貢献度枠として見事世界選手権の代表となった上、代表合宿での調子の良さから個人総合にエントリーすることになった。航選手は東京オリンピックでも個人総合にエントリーしていたが、チーム内で2位以内に入ることができず予選落ちとなっていた。個人総合については東京オリンピックの同種目で金メダルを獲得した橋本大輝選手と2名のみのエントリーとなったため全体で24位以内に入れば決勝進出となるのだが、本人の実力的にはほぼ確実といえた。とはいえルール改正後初の世界選手権ということで、国外のライバル選手の動向も読めないこともあり、個人的には6位以内に入り橋本選手と一緒に1班で正ローテーションで回れれば理想、と予想していた。すると上位に来ると思われた選手たちにミスが相次いだとはいえ、なんと航選手は1位で予選を通過した。1班どころか1位通過であり、国内試合を含め過去の大会を遡っても彼は1度も個人総合の予選を1位で通過した経験がなく、初めての1位通過が世界選手権となったのである。予選を1位で通過することが何を意味するかというと、決勝で最終種目の鉄棒を最終演技者として演技することになるのである。

銀メダルを獲得した団体戦の2日後に個人総合の決勝が行われた。1種目目のゆかから3種目目のつり輪まではミスなく順調な演技が続いていた。そして最も得意とする4種目目の跳馬。今大会中々実施することができなかった最高難度の大技リ・セグァン2を実施し15.000の高得点を叩き出し波に乗ると、続く5種目目の平行棒も安定感のある演技を実施し、5種目終了時点で4位と約0.7点差で3位につけていた。最終種目は今年大幅に演技構成を変えた鉄棒。予選2位だった橋本選手が完璧な実施を見せ金メダル獲得が確実となったあとの最終演技者として挑んだ演技がこちら。

今年取り入れた大技のカッシーナを決め、少し危ないところがありながらも最後まで着実な演技を行い、銅メダルを獲得した。オリンピック、世界選手権の大きな国際大会を過去4度出場している実績のある選手だが、個人でのメダルは獲得できていなかった。跳馬で大技を成功させたことがピックアップされており、当然それも今回の結果の一因であるが、苦手種目の鉄棒で守りに入ることなく攻めた演技を最後の最後に行ったことも大きな要因だったように思う。実際カッシーナを抜くとなると代わりにC難度のヤマワキを入れることになると思うが、難度の差は0.4。4位の選手との点差が0.3だったことを踏まえると、結果論ではあるがカッシーナを行ったことがメダル獲得に繋がったといえる。最終演技者で苦手種目に臨むことになったとしても、大技を挑んだことで個人総合の実力者として世界に名を刻むことになった。

のちに本人から、選考会の1ヶ月前に新型コロナウイルスに感染していたことが明かされた。約10日間ほど練習できない期間があったので今回の選考会は難しいと思っていたらしいが、その中でも経験を生かして代表を勝ち取り、貴重なチャンスを逃すことなく日本の体操選手であれば手にしたいであろう個人総合のメダルを獲得したのである。この結果は本人としても大きな自信になったと話していた。

 

ハァ…控えめに言ってもこの流れがとてつもなく格好良過ぎてどう文章にすれば良いかわからなかったが、なんとなくまとまったと思う。約1年3ヶ月前のことだが、どうしても文章として起こしたかった。以上、谷川航カッシーナヒストリーでした。