一人静かに内省す

日本男子を中心に体操競技応援中!体操競技について思いのまま綴っています

千葉健太選手の代表選出

2023年の全日本個人総合選手権、NHK杯、全日本種目別選手権が終わったが、MVPはなんといっても千葉健太選手である。

最強の世代と称される1996年生まれの選手で、白井健三、萱和磨、谷川航、前野風哉など日本を代表するトップ選手がこの世代に多く存在する。その中でも千葉選手は最も早く注目された存在であり中学生の頃は世代の中でも抜きん出た選手だったと聞いたことがある。高校時代もジュニアとして国際大会に出場するなどとても活躍しており、そこから名門の順天堂大学に進学、リオ五輪翌年の2017年に行われた全日本選手権の予選ではあの内村航平を抜きトップに踊りでた過去を持つ選手である。

それから6年、実力はありながらも世界の舞台には中々立つことができていなかったが今回念願の世界選手権の代表に選出された。

全日本選手権は11位で終わったもののそこからNHK杯での巻き返しが凄まじかった。得意のあん馬をミスなく終えると昨年より強化したつり輪で高得点を出すと、跳馬、平行棒、鉄棒と素晴らしい演技を実施し、5種目を終えた時点で6位まで順位をあげていた。

最終種目のゆかは得意種目というわけではないのでそこまで点がでないと思っていなかったが、すべてのタンブリングの着地を止めるというとんでもない演技を披露しEスコア8.8、決定点14.500という全体2位の得点を叩き出した。ゆかは体力をかなり消耗する種目のため最終種目では疲れが残り、着地がまとまらないというケースも多いが日本代表のボーダーラインである3位の選手が目まぐるしく入れ替わる接戦でこの演技は圧巻だった。

NHKは上位6人の1班に偏ってテレビ中継するので2班の千葉くんのこの演技は現地の観客で見納めかと思ったが珍しく映像を流してくれた。ウクライナのゼレンスキー大統領が来日していこともあり急遽Eテレのサブチャンネルでの放送(アナログ画質)にはなったがあの演技を何度も見返すことができるのは大変ありがたかった。0.067の差で代表の3位にはわずかに届かなかったが4位まで順位を上げる結果となった。

そして先日の種目別選手権。あん馬が貢献度の鍵を握る状況だったが千葉くんは全日本選手権の予選と決勝でミスをしていた。代表選考の貢献度枠は5試合中上位3得点が計算の対象となるため絶対に予選を通過し、決勝でもミスのない演技が求められた。予選は8位でギリギリ通過、そして決勝では途中危ないシーンもあったがそれも乗り切り、彼の持ち味であるスピーディーで美しい旋回を維持したまま大きなミスなく演技を終えた。演技後のやり切った表情も良かったが、最も印象的だったのはその演技を見た同期の萱くん航くん風哉くんが立ち上がって喜びを爆発させた姿である。演技中の彼らの大きな声援はこれまでの経緯を物語っているようで、これを見ることができただけでもチケットを買った甲斐があったと思った。

代表の貢献度枠は谷川翔選手との接戦であったがあん馬を無事乗り切ったことで優位に立ち見事代表を勝ち取った。SNSでは長年応援していた体操ファンの祝福の声が舞い、長きに渡って彼を応援したファンの喜びに満ち溢れる姿は同じ体操ファンとして思わず嫉妬してしまうと同時に、それだけ応援しがいのある選手であったことに対しさらに世界選手権への期待が高まらずにはいられなくなった。

ここで注目すべき点がある。つり輪を強化したことで6種目が安定したという記事があったが、彼のこの功績を手助けしたのはつり輪の強化だけではない。これまでの血の滲むような努力があったことは言うまでもないがそこではない。27歳という体操界では決して若くない年齢で尻上がりに調子を伸ばし勢いそのままに代表を勝ち取る姿が印象的すぎてあまり触れられていないが、今回彼が代表を勝ち取った要因がある。

 

 

ビデオ審査である。

これまで種目別選手権の予選は全日本選手権の予選各種目上位24名(メダリストや前年優勝者などのシード含む)がエントリーされていた。ここで24位以内に入らないと種目別選手権には出場できない。そうなると全日本選手権の予選・決勝・NHK杯の3試合の得点のみが計算の対象となってしまう。NHK杯上位になれば貢献度獲得のために予選のみ出場できるが決勝進出の資格はない。

千葉くんは全日本予選で落下するミスがあり12点台の得点だった。そして決勝も同じく落下した。NHK杯は4位だったので種目別の予選に出場できるが決勝には進めないため落下した演技も含めた3試合の得点が計算の対象となり、従来の選考方法ではおそらく貢献度を稼ぐのは難しかったと考えられる。

一方今回惜しくも代表入りとならなかった翔くんも全日本予選はミスをしているものの決勝・NHK杯は高得点を出し、NHK杯8位のため予選に出場することが可能で且つ高得点を出していた。要は高得点を3試合揃えられたことになり、今回の最終的な貢献度枠の上積み得点を考えると翔くんが代表入りしていた可能性がある。(ちなみにこれはすべて結果論であり、今回の選考方法が開示された時点で全日本予選への取り組み方が以前とは異なっていた可能性があるし、翔くんは種目別あん馬決勝でも得点を上積みしているので一概にそうとは言い切れない。そもそも私は一度も貢献度枠の計算をまともにやっておらず多分それくらいの計算になるのではという仮定で物を言っているのが前提である。)

今年はビデオ審査が採用された。全日本予選決勝それぞれ上位8名+ビデオ審査で残りの枠を選出する手法となり、千葉くんはビデオ審査に通過したことで種目別の予選にエントリーしていた。種目別のエントリーが発表されたのはNHK杯開催前だったため、あん馬が得意の千葉くんがあん馬にエントリーすることは特に疑問も持たず種目別で演技が見られるの嬉しいなくらいにしか思っていないファンがほとんどだったと思う。まさか代表選考にここまで大きく関わってくるとは想像もしていなかった。

これまで全日本予選で24位以内に入らないと種目別にエントリーできず、個人総合の決勝や各種目上位6位にも残らないとなるとほぼシーズン終了を意味する。社会人選手であれば下手すると9月のジャパンオープンまで試合がないという事態も起こる。スポーツは一発勝負であるとはいえ体操競技は驚くほど試合数が少なく、体操に関連したイベントなどほとんどないので練習した成果を出せる機会すら限られるのが現状だ。そういった状況を減らすという意味でビデオ審査は救いの制度であると感じた。

ただこれが世界選手権の代表決定に関わってくるとなると話は違う。規模の大きな大会になればなるほど救済措置などはなく、予選はもちろん決勝で確実に決められることを求められるものである。事実、これまで代表に選ばれしっかりと結果を出した選手はここぞというときの決定力がモノを言っている。

全日本予選のみの一発勝負とビデオ審査のどちらが妥当かというのは答えの出ない話であるし、そもそも千葉くんが代表選出に結びついた一番の決め手といえるのは種目別の予選決勝どちらも決めなければいけない状況で確実に2試合決めてきたことだと思う。種目別は最後に行われるためフューチャーされやすいが5試合の試合結果を積み上げていることも重要である。ただ今回結果的に代表選考に大きく影響を与えたことは非常に興味深いなと感じたし、来年以降は試合時期が変更するためまた別の選考方法が採用されると思うがそちらも非常に楽しみである。

つーか来年オリンピックか。時の流れが早えーよ。