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パリオリンピックに向けた日本男子体操の代表選手選考ルール

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2023年のシーズンが終わり、とうとう来年のパリオリンピックに向けて始動という雰囲気がにわかに漂っているが、日本体操協会よりパリオリンピックの代表選考ルールが公表された。東京オリンピックとは異なりパリオリンピックは団体5人のみが代表メンバーという点で世界選手権と変わらないが、諸事情により大会数が減少したことで選考ルールにも当然影響が出た。日本男子は非常に層が厚く、国際試合に出れば必ずメダルを獲得するという競技力の高さからか元々選考ルールは複雑なのだが、考察も踏まえながら私なりに少し噛み砕いてみる。日本体操協会の公式サイトに掲載されているPDF(男子体操競技選考方法)を元に説明する。

選考会は4月の全日本選手権と5月のNHK杯が対象で、どちらも2日間の開催なので計4試合の結果を元に代表が決定する。

 

 

橋本大輝選手の内定

始めに、選考会を待たずして代表が1名内定した。この表の中では直接名前が掲載されていないので少し分かりづらいが、前回のアントワープ世界選手権の個人総合優勝者が内定者となっている。要するに橋本大輝選手のことだ。じゃああと残り4人を決めよう、という単純なものではなく橋本選手も大会には出場する権利がありほぼ間違いなく出場することと、橋本選手の大会での結果も選考ルールに影響があるので非常に重要。

橋本選手の内定の要因は以前こちらの記事にも書いたが、個人総合の優勝者という実績以上に彼を中心に団体戦に臨むという意図からだと考えている。本人としてはしっかり選考会を通過して代表になりたいという思いがあるかもしれないが、日本のエースの精神的負担を少しでも軽減するという理由からの首脳陣の判断だと推測している。(以下内定者は橋本とする、敬称略)

 

全日本個人総合選手権

予選

予選出場資格者は個人総合枠で72名、種目別枠が6名×6種目で複数種目に出る選手もいるが最大で36名、トータルで最大108名の出場が可能になる。"個人総合選手権"という大会名だが種目別枠というものも存在しており、個人総合の映像審査で漏れた選手の救済措置のような枠だが、代表選考としては得意種目に絞って選考会に臨むスペシャリスト選手のエントリー枠ともいえる。

アップ3分、演技時間1分半、採点1分半で1演技に最低一人6分かかるとして、そのまま一人ずつ演技を行うと6演技×6種目×108名で休憩なしで3,888分=64時間以上かかる計算になる。これはどう考えても不可能な状況なので、実際は大きく2班に分けて6種目同時進行で演技を行うローテーションで進行している。まず個人総合枠36人ずつで1班と2班に分かれ、6人1組として各班6組で回るのだが、種目別枠の各種目6名(最大36名)も1班に割り振られている。しかし72名も同じローテーションで回れるわけがないので、昨年同様3班として2班終了後に別枠のローテーションを設けると思われる。

2頁目に2班シード選手の記載があるが、ここに割り振られた選手は予選をパスした場合のみ決勝のみの出場も可能と思われる。ただ後述するが代表選考の対象は予選も含まれるので橋本以外は出場しないメリットは皆無であり、今のところそれを行った選手は見たことがない。なのでシードといっても実際は2班に割り振られるだけのシードを意味する。当然先に行う1班より後に行う2班の方が点が出やすい傾向があるので2班はナショナル選手など比較的代表に近い選手が割り振られている。

【2024.3.25 追記】

種目別枠の選手は3班ではなく1班の7組目としてエントリーされる模様。1班は7ローテーションでまわり、間に休憩を挟むローテーションとなっている。前年と前々年はユニバーシティゲームズの枠により参加者が多かったと思われるが、今年はそれがないため2班編成になっている。以下、日本体操協会公式サイト参照。

第78 回全日本体操個人総合選手権 男子予選

 

決勝

予選の結果を踏まえて個人総合得点上位29名+橋本が決勝に進むことができる。それ以外に上位29名から漏れた選手と6種目を行なっていない種目別枠の選手の各種目の得点を並べて各上位6名も決勝に進むことができ、この枠に該当した選手は全日本決勝からNHK杯終了時まで一律「種目別枠」に位置付けられる。個人総合の大会順位は予選と決勝の2試合の得点の合計で決定する。決勝については前年と特に変わりなし。

予選で上位29名から漏れてしまうと決勝に進むことができず、さらにはNHK杯にも進むことができない。種目別枠として残れば試合に出ることはもちろんできるが、出場種目が限られてしまうので点数を積み上げるのが難しくなってしまう。つまり個人総合にエントリーした選手は上位29名の枠に入ることが代表の最低限の条件になるといえる。

 

NHK杯

1日目

参加資格が載っているが、全日本選手権の決勝進出者と同じである。

2日目

前年まではNHK杯は1日しか開催されていなかったが、2日目があることが今回の大きな変更点。まず1日目の個人総合上位17名+橋本のみが2日目に進出することができる。それ以外に「個人総合出場者を除くN杯1日目終了時点においてチーム貢献得点が高い上位選手3名」が出場できる。これまでは上位○名というわかりやすい指標だったが、急に「チーム貢献得点」という特殊な文言が登場した。

チーム貢献得点とは平たくいえば選手を組み合わせたときに総合得点を上乗せしてくれることを指す。具体的な数字で説明します。

 

順位はNHK杯1日目終了時点の順位、得点については本来は全日本の予選決勝とNHK杯1日目の計3試合のうちの得点が高い2得点の合計だが、わかりづらいので2得点の平均点と仮定。

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例えば上位5名の選手を選出するのであれば、チーム得点は以下のようになる。

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団体戦は5人のうち3人が演技して3人全員の得点が加算されるいわゆる5−3−3制である。各種目上位3人の得点(グレーで塗りつぶされた箇所)を合計すると262.9点となる。

次にこちらは4位のCを6位のEに変更した場合。

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合計点が263.6点となり0.7点底上げされた。この得点差がチーム貢献得点である。このような計算方法で橋本+全日本選手権個人総合通過者3名を含んでチーム貢献度を計算した際に高い得点となる上位3名NHK杯2日目に進むことができる。ちょっとわかりづらいのでこちらも具体的な数字で説明します。

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GとHは種目別枠で全日本選手権決勝(NHK杯1日目)に参加した選手と仮定。橋本と全日本選手権個人総合通過者3名を含んでのチーム貢献度なので、GとHは出場種目がかぶっていないのでお互いを補完し合ういい組み合わせだが、この2人を含めてしまうと残りが橋本+個人総合枠の選手が2名となってしまうので条件に合っていない。なぜこの条件があるかという話だが、Gと Hを組み合わせてしまった場合、あん馬で得点を稼ぐのが橋本を含めた残りの3名だけとなってしまう。団体決勝は5−3−3制なので3人のみの出場なのだが、予選は5人中4人が演技して上位3人の得点が加算される5−4−3制なので、本来4人演技できるはずなのに3人の演技で予選に臨まなければならないという負担が生じてしまう。もちろん怪我によって想定した種目に出られないということもあり得るので、そういったリスクを少しでも防ぐためにあくまで種目別枠は1名に限定していると推察している。

さて、このGとHを含めた場合のチーム得点例は以下のようになる。

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個人総合枠だけで算定するよりも高いチーム得点となり、この2ケースを比較すると黄色チームの方が高い得点をとれる計算になる。(チーム得点が最大になる検証まではしていないのであくまで例です。)この例では2名のみとしたが、このように多くの組み合わせの中で上位に浮上する3名のみが2日目に進出できることになる。つまりこの計算を1日目終了時点で行うことになるのだ。とても大変な作業ですね。とはいえこの時点で実質20名に絞られる。

2日目終了後の得点を持って代表が決まる。また、NHK杯の順位は全日本選手権の2日間とNHK杯の2日間の計4試合の合計得点で決まる。最終結果の順位なんて橋本以外気にするやついるんか、と思いたいところだが代表選考に大いに関係がある。

 

日本代表選手選出基準

代表の選出基準は表の2頁目の表1のとおり。

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まず最終順位の上位2名が自動で決定。そしてチーム貢献度枠は2名だが、そのうち1名はNHK杯最終順位が10位以内の選手に限定される。橋本が11位以下になることは考えにくいので2を除く7名から選出される。これは前述した予選でのリスクを踏まえた条件だと推察する。そしてもう1名はNHK杯の順位は関係なく選ばれるが、もちろん上位の選手が選ばれる可能性もあり得る。

そして最終決定のチーム得点の計算は、橋本以外は4試合のうち各種目得点が高い3試合の得点の平均が対象になる。個人総合合計点は関係なく各種目個別での計算である。自動的に決まる上位2名の選手の得点もこれに該当するので、最終演技者の演技が終わるまで確定した数字は出ないことになる。とんでもなくおそろしい作業になることが予想されます。

では橋本はどうか。橋本も同じく4試合のうち高い得点の3得点を採用するのだが、すでに内定しているので万が一試合に出場しないことも想定される。その場合は世界選手権での得点が採用されることになる。その内訳がこちら。

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そしてもう一つ重要な条件がある。橋本選手が4試合出場した場合でもチーム得点を算出する際にこの得点を下回った種目がある場合は、この得点が採用されるということだ。

先の例に置き換えてみる。跳馬が14.5、平行棒が14.7で参考スコアを下回っているので、橋本の2種目の得点が上記のものに入れ替わる。その場合のチーム得点をがこちら。

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なんと黄色チームの得点を緑チームが上回ってしまった。橋本の内定はすでに決まっているのに橋本の得点によってチーム貢献度に影響が出てしまった。これは内定者の橋本に大きなミスが出てしまった場合、ミスをした種目の貢献度点が有利に働きすぎるのを防ぐ役割がある。このケースでは跳馬がそれにあたるわけだが、今の日本の跳馬の競技力と橋本の持ち前の実力を鑑みると橋本が跳馬に出場しないということは考えにくいので、結果妥当な組み合わせになったともいえる。(ちなみに上記例はNHK杯2日目のチーム貢献枠選出の算定であり、最終決定のチーム得点の算出は2頁目の表1の条件に当てはまる組み合わせでないといけないし、計算対象も3得点となる)繰り返すが、橋本がNHK杯の2日目を1位で迎える可能性はかなり高いので、内定者である橋本の鉄棒の演技が終わるまでチーム貢献度の計算はできないのだ。もう一度言いますがこれは本当に大変な作業が強いられることになります。

ソフトか何かを使って算出するだろうとはいえ、それを扱うのは人間である。過去に計算ミスをして代表発表を誤るという恐ろしい事態が発生したらしいが、こういった複雑な選考ルールが大きな要因だと考えられる。そういった過去を踏まえて、全日本選手権決勝終了時点で橋本を除いた上位1名が代表決定するなどして少しでも得点計算の負担を軽減するのかと想定していたのだが、最後にすべての計算を行ってすべての代表を決めるという過酷な道を選んだのである。

これまではNHK杯は1日のみで、その時点で個人総合枠を2名決定し残り2名を翌月の種目別選手権で決定するという流れだったのだが、協会の財政難により種目別選手権を独立した大会として実施することが難しくなった。その結果このような選考日程になったのだが、財政難はあくまで協会のこれまでの活動による結果であり、それを今の現役選手の代表選考会に大きく影響させてしまったわけだ。これまでより早いタイミング(天皇杯終了後など)で代表を決めるといった大きな変更はせず、計算作業の負担を減らすためのルール作りを避けることである種の誠意を示しているのかなと個人的に感じた。そして4試合を選考の対象とすることで、結果的により安定感を重視した選考方法となった。

 

最後に

5−3−3制である以上ある程度種目に特化した選手が求められるが、予選や万が一のリスクを踏まえて個人総合に強い選手の比重が高い選考ルールになったのは、過去の世界選手権が影響していると思われる。前回の世界選手権では三輪選手が怪我をしたことで選手交代やエントリー変更があったのだが、貢献度枠の一人である千葉選手が個人総合としての力が大きかったことで、さまざまな点でチーム全体のリカバリーに繋がっていた。こういったことを踏まえるとこのような選考ルールになったことは自然なことなのではと思う。ただ、負担が大きいので橋本選手の6種目出場は避けたいのだが、なにぶん本人の全種目のレベルがかなり高いので、そのあたりはこれまで同様このルールでは調整ができない。正直組み合わせ次第としか言いようがない。

対象試合が4試合になったことが今までと大きく違う点で、最後の試合の順位も影響することを考えると種目を絞って大会に臨むのはそれはそれでリスキーといえるので、やはりスペシャリスト以外は個人総合での代表入りを目指さざるを得ないかなと思う。その上、4試合中3試合の得点が計算対象なので今まで以上に安定感も求められている。そしてどちらの大会も2日間で6種目×2=18演技を実施することになるので体力面が一番の課題になると思われる。

その中でも『大きなミスをしないこと』と『得意種目では確実に点を稼ぐこと』が特に大事になるかと思う(今までもそうだったけど)。

 

 

もちろん協会に答え合わせをしたわけではないし完全に正しいという保証はないですがわりと正確だと思っているので、この記事を見てより理解できたという方が増えれば幸いです。今回の記事のタイトル作成が難しかったのでAIにお任せしてみたんだけどわりと無難だった。