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パリオリンピック代表選手決定!

体操競技パリオリンピック代表の最終選考会であるNHK杯が終了し、代表選手が決定した。

東京オリンピック翌年の2022年から現地での観戦を本格的に始めたが、この3年間の集大成ともいえるパリオリンピックの選考会にふさわしい白熱した試合が繰り広げられた。

以前から何度も述べているように日本男子の層は驚くほど厚く、代表候補と思われる選手は両手を溢れてしまうレベルだ。非常に険しく、そして厳しい選考会を勝ち抜き、事前に内定が決まっていた橋本大輝選手を除く4名の選手が代表に内定した。

 

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岡慎之助(写真左から2番目)

全日本選手権を首位で通過していた橋本選手が直前練習の負傷により棄権したことで、暫定首位という立場で迎えた今大会。全日本選手権以降腰痛を抱えていたようで、思った練習を積めていなかったことが影響したのか1日目2日目ともにミスを出す場面はあったが、粘り強い演技を続け、岡選手らしい美しく基本に忠実で丁寧な演技を重ねた。その結果、見事首位で試合を終えNHK杯のタイトルと代表内定を獲得した。

最も印象的だったのは2日目の最終種目鉄棒。1日目も首位で終えていたので、最終演技者として演技を行なった。腰痛の影響があったのでコーチから難度を落とすことを提案されたらしいが、守りに入ることなく高難度技を入れた従来の演技構成を実施した。放れ技のコールマンを完璧な位置で持ち、続くトカチェフも高さのある実施、チェコ式車輪もいつもどおり美しい実施を行なった後、終末技の伸身の新月面で着地をピタリと止め、会場を大いに沸かせた。演技後の緊張が解けた笑顔が印象的だった。

岡選手は何度も報道されているように、2022年の全日本選手権跳馬の着地に失敗し、膝の前十字靭帯断裂という大怪我を負い、そのシーズンは苦しいリハビリとトレーニングを行なっていた。翌年の2023年に試合復帰したが、本来の実力を出せたとはいえず、苦しい2年間となった。2年前の全日本選手権での怪我の瞬間は会場で見ていたが、その衝撃は今でも強く頭に残っている。その後の手術や地道なトレーニング姿は実業団から発信されていたのでそれを陰ながら見守っていたのだが、その努力が最高の形で実ることとなった。

代表決定の最大のポイントは怪我のトレーニング中に大きく強化したつり輪だろう。つり輪は日本が最も苦手としており、岡選手自身も怪我をした当時はまだ18歳だったこともあり苦手種目としていたが、それからDスコアを1点も伸ばし、団体戦で間違いなく戦力になる水準まで向上した。代表選手の中で日本が元来掲げている「美しい体操」を最も体現している選手で、その上力強さも備わって鬼に金棒といったところだろうか。

岡選手の体操は絶対に世界で評価される。持ち前の美しさを引っ提げて最良の結果を掴むことを期待したい。

 

萱和磨(写真中央) 

個人的に最も代表に入ってほしかった選手で、NHK杯は最終順位を2位で終え、見事個人総合枠で代表入りを果たした。全日本選手権予選3位から始まり、選考会初日から安定した演技を重ね、一度も大過失をすることなく最終日まで順位を落とすことなく4試合を終えた。今回の選考ルールは安定感が肝となっていて、そのルールにバッチリ嵌り持ち前の安定感を遺憾無く発揮した。

特に良かったのがあん馬とつり輪。どちらも得意種目ではあったがEスコアが伸びないこともしばしばあり、あん馬は14点台前半、つり輪は13点台になることも多かったが、今回はあん馬は14点台後半、つり輪は14点台を維持した。演技構成は変わっていないため、0.1を丁寧に拾ったことでEスコアの向上に繋がった。また、細かいミスが出た種目もあったが特にブレることなく他の種目でしっかり補い、着実に点数を重ねる姿は至って冷静で、個人総合力の高さと経験値の高さが光る試合運びだった。

最も印象的だったのは全日本選手権決勝の鉄棒。上位選手である1班は最終種目が鉄棒なのだが、1人目から3人目まで落下が続き、会場も少々不穏な空気が漂っていた。そんな中4人目に萱選手が登場。放れ技のコールマンは少し近くなったが無事成功、続くトカチェフやひねり技もいつもどおりの実施を行い、終末技の伸身の新月面は腰の高い美しい着地となった。文字通り「失敗しない男」を見せつけ、会場を沸かせた。

萱選手の失敗しない演技は他の選手に大きな安心感を与える要素があり、おそらくキャプテンとしてチームのまとめ役になり、選手たちを引っ張ってくれるだろう。パリでも萱選手の雄叫びが響くシーンを見せてくれるに違いない。

 

杉野正尭(写真右から2番目)

杉野選手といえば東京オリンピックをあと一歩のところで逃したという印象が強いかと思うが、個人的には2022年世界選手権最終選考会の鉄棒の演技が大きく印象に残っている。最終種目の鉄棒で本人の実力を出し切れば代表入りというところで、終末技の実施に失敗し代表を逃した過去がある。目の前で見ていたが、終末技までは順調な演技だったがゆえ、その衝撃は大きかった。最後に失敗して代表を逃したシーンは今でも鮮明に思い出せる。翌2023年では鉄棒で失敗が続き、代表候補に名乗りを上げることもなく悔しいシーズンを過ごすこととなった。そんな悔しい2年間を乗り越え、今回ようやく念願の日本代表に選出された。

やはり大きな決め手となったのは得意種目のあん馬と鉄棒。あん馬全日本選手権の初日で落下するミスがあり、4試合中高い3得点が計算対象となる選考ルールだったので初日から後がない状況となったが、そこから3試合はミスなく乗り切り、NHK杯ではH難度の技を入れたDスコア6.9という異次元級の演技構成を見事2日間とも成功させた。鉄棒も放れ技を5技盛り込んだリスクのある演技構成を持っているが、4日間すべてで成功させた。あん馬も鉄棒も落下の可能性がある種目だが、安定した実施を重ね、貢献度枠の名に相応しい高得点を連発したことが代表入りに結びついた。

あん馬と鉄棒だけでなく、安定して14点台前半の得点を出したゆか、以前から跳んでいるDスコア5.6のロペスを成功させた跳馬も貢献度を稼ぐ大きな要因となったし、団体戦で戦力になるほど高レベルだ。本人は個人総合ではなくあん馬と鉄棒のスペシャリストとして選考会に臨んだと話していたが、NHK杯最終順位が5位であることも踏まえると、改めて言うまでもなく日本を代表する個人総合の選手だと思う。

待ちに待った杉野選手の世界デビュー、彼の大技でパリの会場が盛り上がることがとにかく待ち遠しい。

 

谷川航(写真右)

この4人の中で最も選考会で苦しんだのは谷川航選手だ。2月に行われた国際大会で膝の怪我を負い、本来選手が最も練習を積みたい時期に思うような練習を積むことができなかったと思われる。全日本選手権予選はゆかや跳馬の着地に苦しみ、18位というまさかの結果からスタートすることになった。得意種目である跳馬を初日から落とすことになり、後がない状態で迎えた決勝で14点台後半の得点を出したが、全体の順位は15位で、なんとか首の皮一枚繋がったといえる状況だった。

迎えたNHK杯、初日の跳馬でいきなり最高難度Dスコア6.0のリ・セグァン2に挑み成功し、15.100の高得点を出した。そして最終日、2種目目の跳馬で同じくリ・セグァン2に挑み、見事着地をピタリと止め15.433という驚異の高得点を叩き出した。繰り返すが、跳馬は初日に失敗していたためそれ以降の3試合は後がない状況だったが、少しずつ点数を重ね最終日の大一番に大技を完璧に決めるという並み外れた勝負強さを発揮した。

また、跳馬以外に日本が苦手種目としているつり輪では14点台半ばの得点を4試合全てで叩き出した。平行棒でも複数回15点台を出し、この2種目でも安定して高得点を出して確実に貢献点を稼ぎ、貢献度枠で代表選出された。

最初の3試合では鉄棒のカッシーナで失敗、苦手種目のあん馬で点数が伸びていなかったが、最終日はカッシーナを成功させ、あん馬は本来の実力を出すことができ、選考会で最も高い得点が出てた。貢献度という点ではあまり影響のない種目だが、個人総合メダリストとして意地を見せたところも個人的には印象深かった。

谷川航選手の爆発力は必ず日本の大きな力になる。パリでも高崎で魅せた演技を期待したい。

 

誰が代表になってもおかしくないと言われる中、厳しい選考レースを勝ち抜いた4選手。すでに代表に内定している橋本大輝選手を含めてそれぞれ個性がある上、かなりバランスのとれた組み合わせとなって、金メダルが大いに期待できるチームとなった。

 

オリンピックの選考会となると、その緊張感からか何かと波乱がつきものだったが、最終選考会だったNHK杯2日目は代表に選ばれた選手だけでなく、多くの選手が持っている力を存分に発揮する素晴らしい演技をたくさん拝見することができた。試合のMVPやベストパフォーマンスの演技を選ぶことすら無粋に思えるほど、出場した選手それぞれがベストを尽くす姿を目の前で見れたことがとても幸せで、ファン冥利に尽きる思いだ。この3年間観てきた試合の中で最も楽しかった試合といっても過言ではなく、ここまで体操競技を応援してきて本当に良かったし、体操を好きになって良かったと心から思えた。

 

選考会に参加した選手、コーチ、関係者の皆様お疲れ様でした。

そして代表に選ばれた5選手はここからがいよいよ本番。目標に向かって頑張ってください!