一人静かに内省す

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谷川航選手の体操『パリオリンピック』

思えば、東京オリンピックからの3年間、谷川航選手はどちらかといえば苦しいことが多かったように顧みる。

 

苦難は昨年の冬場の体調不良から始まった。
シーズン始めの選考会では難度を落として試合に挑み、大きなミスこそなかったものの、得意種目で得点を伸ばし切れず、7年振りにA代表から外れることになった。
世界選手権とほぼ同時期に行われたアジア大会では、豊富な経験と安定感を武器に活躍する姿が目立った。一方で、世界選手権は新鮮な代表メンバーで臨んでおり、8年振りに団体金メダルを獲得した。そんな彼らの姿は、航選手の目にどう映っていたのだろうか。彼らを称える言葉をかけていたものの、長年代表に選ばれていた立場だった以上、悔しさを感じないわけがない。自身が出場したアジア大会で、ライバルの中国に勝てなかったことを踏まえても、オリンピックに対するモチベーションは、それまで以上に大きくなったと想像する。

そして今年の2月、国際大会で膝を骨折した。跳馬で得点を稼ぎたい選手にとっては大きなダメージだ。選考会まで2か月という時期にこれだけの怪我をするのは、マイナスな気持ちを誘引させることにもなる。ところが本人は、「俺、これ乗り越えたらまた強くなっちゃうよ」「痛いけど、痛みが出たら治っているサイン」といった言葉を発していたという。前向きな言葉の連続で、私が航選手に対して最も尊敬の念を抱くところだ。

怪我を乗り越え見事代表に選ばれたが、今度はオリンピックの会場練習で左足を痛めた。本人はSNSで「足の状態はだいぶ良い」と発していたが、仮に悪い状態であったとしても、正直に吐露できる立場にはない。本人の言葉を信じて、これ以上悪くならないことを祈るしかなかった。

 

迎えた予選。足の負担が大きいゆかと跳馬では、本人の実力が出し切れる演技にはならなかった。それでもつり輪ではチーム最高得点を出し、平行棒では種目別決勝に進出できる得点を出し、チームに貢献した。良い演技とそうでない演技のどちらであっても、のちの演技に影響しない航選手の長所が生かされた試合になった。

課題がある中で迎えた団体決勝。得意の跳馬で、難度不認定は不可避といえる判定を予選で受けてしまった。間違いなく足に痛みがあったとは思うが、果敢に難度を上げて大技に挑戦した。ミスが出てしまったものの、跳馬の貢献度枠で代表選出された意地を感じる跳躍だった。つり輪、平行棒では着地をピタリと止め、航選手らしさを存分に出し切り、後続の選手に演技をつないだ。
大逆転による金メダル獲得が決まった瞬間、涙をこらえきれず周りに体を預ける航選手の姿があった。のちのドキュメンタリーでは、泣きながら他の選手にひたすら謝っている声が拾われており、団体戦のうかがい知れないプレッシャーが伝わる映像で、見ているこちらの方が苦しくなってしまうほどだった。それでも「やっと取れた」とつぶれるように言葉をこぼす場面は、何年も前から代表として戦ってきた時間の長さが表れていた。
ようやく夢が叶った瞬間をこの目で見届けられたことを実感し、強く胸を打たれた。

 

平行棒の種目別決勝は、Dスコア的にメダルはかなり厳しい位置だったが、結果を求めて完璧を狙った演技に挑んだ。ミスが出て悔やんでいたものの、オリンピックという最高の舞台で、個人種目で演技ができる喜びに溢れていることが伝わった。「また次に向けて頑張れる理由ができた。また頑張りたい」と清々しくインタビューに応じる姿に、またこちらもグッときてしまった。

 

チャンピオンズパークで海外のファンに嬉しそうに応じる姿、仲間と愉快に踊る姿、多くのメディアに応じる姿は、本当に楽しそうに見えた。そして最後に、今大会を"最高のオリンピック”と表現した。
パリの温かい観客の声援の中、これまでの成果を発揮する演技を見ることができただけで胸がいっぱいだったのに、楽しそうな姿やこれ以上ない言葉に触れ、何よりの幸せだと心から思った。

 

オリンピックの金メダル獲得という夢を叶え、今度は弟の翔選手と兄弟でオリンピック出場という目標に向かって、また頑張りたいと話していた。次の目標に向かう姿を、これからも見届けられたら嬉しいなと率直に思う。

 

 

 

谷川航選手、パリオリンピックお疲れ様でした。